8月のひと

レニ・リーフェンシュタール(Leni Riefenstahl)
{1902.8/22〜2003.9/8}

私のペンネームの由来となった人物です。
既に十代の頃に、「どんなことがあっても人生にイエスと言う」と決め、九十歳を過ぎてもなお、自らを表す言葉として「意思の強靭さ」を選んだ女性。
前世紀はじめのベルリンに生まれ、ダンサーになるものの、脚の怪我のために断念、女優に転向したのち、更に、当時としてはまだ珍しかった女性映画監督となります。
しかし、戦後、ナチス宣伝のための映画を作ったことを理由に投獄され、出獄後も長い裁判闘争を余儀なくされるのですが・・・。
なんと、六十歳代からカメラマンを志し、1973年、アフリカのヌバ族を扱った写真集によって、再び芸術界にセンセーショナルに迎えられます。
そして、最晩年、百歳近くなってもなお、世界中の海に潜って、シャッターを切り続けました。
その一世紀にわたる生涯は、まさに表現へのあくなき情熱に貫かれたものといえるでしょう。
彼女自身、「自然への畏怖、創造、そして異性への愛」が、生きるために最も大切な情熱だと言っています。
心身ともに強く、逞しい・・・できれば爪の垢でも頂戴したい女性です。
しかし、彼女の生涯の暗い面は、また別のことを私たちに教えてくれます。
それは、何であれ表現というものは、他者の目があってはじめて完結する、ということです。
表現者レニは、戦争中、ヒトラーの誘惑に勝つことができなかったというか、愛人だったという説もあるくらいで、そのあたりのいきさつははっきりしないのですが、とにかく、罠に落ちたのです。
おそらく、天衣無縫で純粋な彼女は、「自由に映画を撮らせてやる」というヒトラーの言葉に、喜んで飛びついてしまったのではないでしょうか。
表現する側は、自分を賛美し、創造活動をさせようとするものの正体を、ときには冷静に見極めることも必要なのかもしれません。
私生活の面では、若い頃から男性運に恵まれず、結婚生活も不幸で、子どもをもつこともできなかった彼女ですが、六十代で四十歳年下のパートナーを得て、以後は死ぬまで連れ添ったというのは、何よりだと思います。
もちろん私は、彼女のような才能も強さも、持ってはいません。
けれども、せめて諦めずに長生きすれば何かできるのではないか、時間というのは、敵にもなりますが、うまくすれば味方につけることもできるんじゃないかと、彼女のことを考えるたびに思います。



葉月の句

しんかんと日矢に射らるる草田男忌

少年に夜のプールの匂ひけり

空蝉や練習帳のあいうえお

パソコンに届く訃報や明易し

炎昼や迷ひ犬ゐる造船所

一炊の夢よりさめぬ水母かな

夏痩せて鳥獣戯画の中にをり

末子二十歳素揚の茄子のむらさきに

冷し瓜手足大きく兄となる

遠浅の海のぬるさや秋の蝶


今月の長い蛇足

「he’s got a mail」
 
   カラコンカラコン 下駄の音 
   生垣の外 来かかるは 年増と娘の二人連れ
   先立つお女中 提げたるは
   牡丹の柄も鮮やかな 縮緬燈篭にございます
   うしろのお嬢 俯いて 文金の髷重たげに
   緋の長襦袢 繻子の帯 秋草色染の振袖の
   袂濡らすは 逢えぬゆえ

2004年8月。先月から猛暑酷暑の関東地方。
アスファルトジャングルのただ中の、コンクリートの四角い部屋は
夜になってもクーラーなしではやりきれぬ。
帰宅した彼、新一は
まずリモコンに手を伸ばし、それからパソコンを起動させた。
「メール、3通か・・・。え、誰?」
受信3通のその中に、「津由子」と知らぬ女の名。
「出会い系か? エロか? まあいい、ちょっと見てみるか」
独身男の気軽さで、「津由子」をクリックするものの
文面はなく、ただ白い画面があるばかり。
「あれ? なんだ、イタズラか。下らん。え〜っと、他のは?」
閉じようとしたその時に
うしろでひとの動く気配。
はっと驚く新一の
振り返る目に映るのは
浴衣姿で黒髪ロングストレート、17〜8の少女なり。
「新一さん・・・」
「な、何っ? あんた、誰だ? ・・・い、いやそれよりも、どこから入って来た?
鍵が開いてたのか?」
「わたくしは津由子。新一さん、お見忘れですか?」
「え・・・えええっ? ちょっと待ってくれ、俺はあんたを知らない。
・ ・・いやもしかしたら、酔ったときに、どこかの店で会ったのかもしれないけど。
ごめん、本当に覚えてないんだ。
ツユ子・・・ツユ子・・・って今、メールが来てたっけ。え・・・えええっ?」
「新一さん、お会いしとうございました」
しゅるり、と津由子が帯を解く。

   恋しくて ただ恋しくて 何百年
   三世四世を 生き変わり 死に変わりして
   主さまに 逢いたいばかりの浅ましき
   この身 哀れと思し召し
   せめて 一夜の契りでも

次の夜。
昨夜のことは何もかも、暑さが見せた幻と、思うばかりの新一は
いつものようにパソコンを立ち上げる。
「げっ、また? マジかよっ?」
受信トレイのその中に、くっきり送信者「津由子」の文字が。
「おいおい・・・。昨日は、これを開いたら、メールの文がなくて、
うしろにカワイイ女の子が・・・って、あれは夢だったんじゃないのか?
まさか・・・また本当に・・・?
いやこれはひとつ、確かめてみる必要があるな」
ゴクリと固唾を呑みながら、慎重にクリックいたします。
ゆるゆる振り向くより先に、背中に凭れてくる者は
それは確かにゆうべの少女。
「き、君・・・津由子ちゃん?」
「新一さん、またお会いできて嬉しゅうございます」
「あ・・・君、誰なのっ? 一体どこから来るのっ?」
「そんなこと、よろしいではありませんか。
何より大切なのは、新一さんがわたくしに会って下さること」
さらさら黒髪垂れ下がり
新一の耳に、首筋に。
「つ、津由子ちゃん・・・」
「新一さん・・・」

   夢かうつつか 現かゆめか
   わからぬままに重ねたる 逢瀬も七夜となりました
   津由子 新一 二人して
   都会の底の 熱帯夜
   沈み沈んで どこまでも
   溺れ溺れて いつまでも

「おい萩原、おまえこの頃、夏バテじゃないのか?」
「そう・・・かな? そんな風に見えるか?」
「ああ、なんかずいぶん痩せたみたいだし、顔色も悪いぞ。
一度医者に行って、点滴でもしてもらった方がいいんじゃないか」
「おまえもそう思うか? 実は俺も、ちょっとヤバいかなと思ってたんだ。
・・・じゃ、帰りに寄ってみるかな」
「そうしろよ。残業あるんだったら、やっといてやるから」
「悪いな。恩に着るぜ」
同僚の勧めで新一は病院へ。
過労で点滴と思いきや、思わぬ高熱発します。
なす術もなくそのままずるずると、入院生活となりました。
白いシーツに白い壁、病室で暮らす新一の
心に浮かぶは不思議な少女
ロングストレートの黒髪の、ちょっと古風な物言いの
愛しき津由子のことばかり。
「待っててくれ、津由子。もうすぐ帰るからな・・・!」

   21世紀の現代の 文明の利器パソコンの
   メールとともに 現れた
   津由子と名乗る 美少女の
   正体 さても 何者か
   わからぬままに 新一の
   恋の奴と なりにけり

「やっと戻れたぞ! ・・・パ、パソコンは無事だろうな?」
ドアをバタンと閉めるなり、こけつまろびつパソコンへ。
メール開くももどかしく、「津由子」の文字を探します。
夜ごと夜ごと
入院したる14日間、ちょうど14の「津由子」のメール。
震える手、震える指で
昨夜のをクリックいたします。
振り向く新一が見たものは
窶れはてたる津由子の姿。
「津由子! どうしたんだ、そんなに痩せて・・・。
いや、会いたかった、ずっと・・・!」
「新一さん・・・。本当に?」
「本当だとも! 急に入院させられて・・・脱け出してきたんだ」
と、津由子をひしと掻き抱く。
「嬉しゅうございます、新一さん・・・。
もうお会いできぬかと思いました」
「そんなことはない、そんなことはないぞ。・・・俺はもうずっと、
おまえを離さないから」
「新一さん・・・」
「これからは、何があっても、おまえと一緒だ」
「・・・ではわたくしと、奈落の底へ落ちて下さいますか」
「望むところだ」
「そのお言葉、しかと」
津由子の白く冷たい指が
新一の肩を、頸を這う。
「津由子」
「新一さん」
「つゆ・・・」
「新さま・・・」

   抱きあいつつ二人して この世の外へ飛んでゆく
   ふたつの魂もつれつつ さも愉しげに 嬉しげに
   地獄の責苦も二人なら きっと耐えてもみせようと
   灼熱の業火も二人して 恋の焔に変えようと
   ふたり この世で出会ったからは
   こうなるほかはない運命(さだめ) こうするよりはない運命
   さても お露と新三郎 つぎはどの世で出会うやら




(そのまた蛇足)
ご存知「牡丹燈篭」の現代版です。
実は、6月半ばにあの中川誠さんがHIBRIDで、「牡丹燈篭は生理的に怖い」などと言っておられるのを見て、8月はコレだっ! と思いついてしまいました。
仕立ては、かの寺山修司さんの名作「浪曲新宿お七」風にしてみましたが、やや泉鏡花なども乱入しているようですし、結末は「アイーダ」になってますかね。
しかし少なくとも、先月のよりは面白いのでは。

top
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送